「正直」という美徳と監査

以前、こちらの記事で資本主義の精神として「正直」という美徳が信用を生み、人の協力やお金が巡ってくる無形の資産となることを書かせて頂きました。
働くことの本質について思ったこと
ここで「正直」という美徳を踏まえて監査について思ったことをまとめてみたいと思います。
監査については法令上の強制力があり、制度上は色々な意見があると理解していますが、監査の価値は以下にあると信じています。
・的確に数字を把握し、経営管理の仕組みを作り、正直な経営ができるような環境に身を置き続けることがサステイナブルな企業経営の在り方で、そのための支援を監査が担っている。
・正直さは信用を創造し、企業の稼ぐ力を強くする。
正直さと監査の関係
情報を正直に開示するということ
「完全情報の条件が容易には満たされない所以は、情報開示が、必ずしも容易には行われないからである。企業は、ことによれば、自企業に不利な情報は隠す。」
「情報開示、自分に不利な情報も含めて、全ての情報を公開すること。これこそ、「資本主義の精神」(Der Geist des Kapitalismus, the spirit of capitalism)のエッセンスの一つなのである」
「目的合理的経営と労働を計画し実行するためには、完全情報が必要である。完全情報のためには、企業と労働者、特に企業は情報開示が要求される。隠しごとがあってはならないのである。」
(小室直樹(2015)『日本人のための経済原論』東洋経済新報社)
こちらも小室直樹さんの書籍を引用させて頂きました。情報を嘘偽り無く、都合の悪い情報を隠すこと無く、誤り無く、事実をありのままに開示することで、企業と労働者は信用を築きながら取引をしていくことができます。完全な情報を基にコミュニケーションと意思決定をインタラクティブに行って行くことができればお互いに納得感があります。その積み重ねが信用になっていきます。しかし、情報開示をいつでも公正に行うことは難しいことです。もし、都合の悪い情報を開示した場合に自身の安全が脅かされる場合には必ずしも正直な言動ができないのが人です。人は環境によって嘘をつかされるため、いつでも正直でいられるわけではありません。また、意図せずうっかり誤ったことを言ってしまうこともあります。
この問題が顕著に出るのが会社の所有と経営が分離した上場企業です。株主が上場企業に対して株式を購入し、資金を託しますが、経営については株主が行うのではなく、経営のプロである経営者が行います。そこで経営者はきちんと託した資金を正しく運用しているか、適切な経営を行っているかについて関心を持ちます。一方、経営者も株主から負託を受けた経営を正しく行っていることについて説明責任が生じます。企業経営もいつでも安定しているわけではなく、景気や経済には波があり、常に変化にさらされています。環境としては常に公正な説明責任を果たせるのか不安定であり、リスクがあります。ここで、経営者から独立した第三者に企業の財務報告をチェックし、公正に報告しているかについて監査の必要性が生じます。
正直でいるために
正直でいるためには正直で在り続けられる環境に居続けることが必要です。そのためには社会に必要とされ価値を提供できるようなしっかりとした事業基盤や強みを持ち、環境の変化で苦境に陥らないように事業リスクを把握し、コントロールすることで事業をマネジメントしていくことが大切です。稼ぐことと合わせて稼ぎ続けるための仕組み作りが必要であり、それが内部統制といった経営管理の仕組みです。例えば収入源が特定の顧客や製品・サービスに依存していないか、依存している場合は中長期的に収益を確保できるのか、何かの拍子にそれらを失ってしまう可能性があるのか、顧客維持の可能性や製品・サービスのライフサイクル、競争や技術革新に応じて収益が減少するリスクがあるのか。顧客を獲得・維持し、満足して頂くオペレーションや製品・サービス・事業への投資をきちんと行っているのか。競争優位性を維持できているのか、強みは陳腐化していないか、まだ有効なのか。コストは適正な水準であるか、無駄は無いか。従業員は士気高く働けているか、能力を引き出し、やりがいと情熱を持って事業に携わっているか。事業構造を変化させるような投資については失敗しないように事前にリスクを明らかにし、きちんと採算性が取れるようにシミュレーションしているか、裏付けを取っているか。法令や倫理に違反することで思わぬレピュテーションリスクや訴訟債務を負わないか。当初見込んだ収益見通しに対して、うまく進捗しているのか、進捗していないのであれば何が原因で、見込み違いをカバーする対策をどのように打っていくのか等。書ききれませんが、特に上場企業や大企業には確立した競争優位性を維持し、発展させ、稼ぎ続けることが仕組み化されています。当然ではありますが上場しても問題無い、社会的影響力を有する事業体であるということは、そう簡単に潰れないことが求められ、そのための構造を持ちます。
また、経営において大風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなる可能性がある場合は後日、帳尻が合わず話が異なるといったことにならないように誠実に実現可能性のある裏付けを持ったお話をしていくことも必要です。
監査では上記の様に企業が正直で在り続けられる環境にいるかどうかをまずはチェックします。それは内部統制の評価であり、経営者に対するインタビューやコミュニケーションを通じた誠実性と合理的で違和感の無い説明に対する心象の形成です。財務報告に含まれる財務諸表等自体のチェックに先立ち、まずはこの2つを確認します。重要な内部統制が機能していない場合や、経営者の誠実性と説明に違和感がある場合は、企業が正直で在り続けられる環境にいない可能性があるため、財務報告が正しく行われているかのチェックがより厳しく行われます。
監査の価値
監査は財務報告の正直さ自体を見ていますが、そもそも正直で在り続けられる環境にいるのかも見ています。どのようにすれば企業が稼げるのかという目線で見るのではなく、企業が環境やその変化というリスクに対してどのように対応しているのかの仕組みと、その結果である数字という目線で見ています。企業が正直さを失ってしまう可能性がある苦境の原因になる重要なリスクは何なのか、何が人に誤りを犯させるのか、そしてそれらのリスクをカバーする経営管理の仕組みとは何なのか。それらが無いとどのような結果となり、数字として示されるのか。誠実であるということはどうゆうことか。ただのチェック屋ではなく、経営管理の仕組みにまで踏み込み、企業のために誠実に助言できることが監査の価値だと思います。
まとめ
完全な情報を正直に開示するということは、上場企業や大企業に対して企業会計と財務報告が法令上の義務として制度化されている強制力を見てもとても難しいことだと思います。それでも的確に数字を把握し、経営管理の仕組みを作り、正直な経営ができるような環境に身を置き続けることがサステイナブルな企業経営の在り方ではないでしょうか。そのための支援を監査が担っていると信じています。
監査の価値
- 的確に数字を把握し、経営管理の仕組みを作り、正直な経営ができるような環境に身を置き続けることがサステイナブルな企業経営の在り方で、そのための支援を監査が担っている。
- 正直さは信用を創造し、企業の稼ぐ力を強くする。


